お侍様 小劇場

   “二百十日” (お侍 番外編 121)


     




勘兵衛には気づかれないようにと、
こそりと持ち上げた手指の節や側面を咬んでいたものが。
言っても聞かぬならばと、手首ごと押さえ込んでの拘束したり、
指同士をからめる格好で敷布へ釘づけにして封じたところが。
ならばと、首をねじ曲げて何とかとどく二の腕に歯を立てたり、
しまいには唇を、文字通り切れるまで噛みしめる始末。

 「そのような性癖がどうしてついたものなやら。」

う〜んと、そうそう誰にでも見せはしなかろ、困ったもんだという渋面で、
一枚板の重厚なデスクの上へ両手でひじをついての辟易しておいでなのが。
倭の鬼神なぞという物騒な二つ名を襲名して数年。
そろそろその名に実績も貫禄も追いついて来たような、
島田一族の宗主こと、島田勘兵衛その人で。
日頃は東京の有名商社で、有能な渉外担当のホープとして働いておいでだが、
月に1度は実家に戻って様々な申し送りや報告を受け、決済をし、
ご自身も“御書”かかわりの務めに出る。

  そして…その折に、

駿河の宗家の仮の主人、義理の弟に当たる七郎次という青年とも、
久方ぶりの逢瀬の夜を持つこととなるのだが。
色々と経緯のある間柄なことを、
どういう足し算引き算の結果か、随分と引け目に感じているらしく。
そんな必要などないというにと、
こんどは勘兵衛様が頭痛の種としておいでであるらしいと来て。
秋の初めの透明感のある陽が、
まだまだ瑞々しい緑に満ちた庭園を満たす様、
大窓の向こうへと眺めやった宗主様だったのへ。
やはり惚れ惚れしそうな横顔へ、今は憂いの陰をお降ろしなのに向け、

 「ホンマになぁ。
  引け目 感じんとあかんのは、いっそ勘兵衛様の方ですやろに。」

 「……良親。」

 あの可愛らし別嬪さんを、
 その頑丈屈強なお体で、苛めて苛めてしてはるんやろに、
 そんなこんな 毛ほども感じさせんと、
 朝のご挨拶にもしゃんと出て来やはる、と。
 恐れもなく言い放つのは、何も宗主を軽んじているからではなくて、

 「……で?
  何でまたそんな身喰いみたいな真似、してはったんですのん。」

彼らの間柄を、他の大おとならが好ましく思わぬのへ、
なんの、勝手な横槍は許しまへんと。
全力かけてでも守りましょう支えましょうと、
理解してくれているからこそのこと。
大おとなの御老公らにしても、
頭ごなしに 不毛だの不条理だのと反対しているばかりでもない。
ただ、子をなさねば先がないということや
結果 自分たちが辛いだけだぞと案じて下さってもいての苦言と、
こちらの陣営にも判ってはいる。
向こうさんが押さえ付けるよな強引さも、周到狡猾な搦め手も、
繰り出すことはないことも
強いて言うなら、余裕あっての待ちの構えでいるからで。
どうでいつかは、跡取りを設けにゃならなくなるのだ。
乱暴な言い方をするならば、
形だけの正妻でもいいから、
勘兵衛が娶ってくれるのを待っているというところかと。
なので、
こちらもそうそう目に見えての反目は構えぬまま、
表向きには“何の問題もありません”と涼しいお顔でいるものの、
選りにも選って、当事者も当事者、
七郎次が若さゆえの動揺に乱れてしまうのが、難といや難で。
こたびの勘兵衛の煩悶顔も
あの秀麗な青年が、閨の床にて困った行為をなかなか止めぬことへで。
ホトホト困ったとこぼした勘兵衛だったのへ、
そんな話が出来る数少ない支持者、
西の総代を連綿と輩出して来た、神戸は須磨の丹羽良親が、
やや揚げ足取りっぽくも案じてやったすぐあとで、

 「何やったら如月に言い含めて、何とか訊いてもらいましょか?」

そうと進言したのが、京都は山科の支家跡取り、佐伯征樹といい。
表向き、良親が後継者となったばかりな、
錦秋宴という灘の酒造メーカーの、京都支社の社長…という間柄の彼らだが。
まだ30代手前という若さでありながら、
歴史があって、だからこそ年寄りたちが旧態依然と力を持ち続けるような、
今時には特殊な家系にいながらも、
そんな肩書きを強靭に支えるだけの、
手堅い実績と、頼もしい部下たちから得た信頼という絆とを持ち合わす、
やはり今時には稀なる、うら若き主幹たちなものだから。
勘兵衛もまた、気を置けぬ頼もしき双璧扱いしているほどで

  ………ほどでは あるのだが。


  「…………………うむ。それがな?」


声が外へと漏れるのが恥ずかしいのなら、
何も護衛の者共も、
扉やふすまのすぐ間際の外に張り付いておる訳でなし。
それこそ泣こうが喚こうが誰にも聞こえやせぬと言うたらば、

 「…勘兵衛様?」
 「そんなまで何かをする気はないさね。」

お約束ながら、誤解をするなとわざわざクギを刺してから。
ただな、と、言葉をお続けで。

 「奴には奴なりの覚悟があってやっていたらしくてな。」
 「覚悟?」

 ああ。
 私に最も間近にいる身の自分が、我を忘れてしまっては、
 何かあったときに何の助けも出来ないじゃないかと。

  「……………………はい?」×@

とんでもない話の順番だろうがと、
彼もまた、当人から聞いたおりには
目が点になったか、空いた口が塞がらなかったのだろうに。
今は…ちょっと見ていられぬ、目も当てられぬほど、
ニヤニヤと男臭い口許をほころばせ、
やに下がっているばかり。

 「大した腕っ節でもありませんが、
  ならば盾になってでもお守りしたいのに。
  我を忘れてしまっては意味がないからと。」

 「…それって。」
 「声がどうのやこうやや のうて。」

オチが見えたらしい双璧二人が、
彼らの世代での超イケメンとのお声も高い端正な風貌を、
やや引きつらせてしまったところへ、

 「うむ。
  意識が飛ばぬようにと、
  指だの腕だのへ噛みついておったらしい。」

 だがな、
 それでは私に睦みの折に相手へ咬みつく癖があるようではないかと、
 それでは外聞が悪いぞと言い含め、
 何とか辞めてくれるとなったがな。


 「………。」
 「あほくさ。帰るで、征樹。」


 勘兵衛様がまだぎりぎりで20代か、
 三十路に入ったばかりくらいの頃のお話でありました。



   〜Fine〜  12.09.16.


  *前半と後半の温度差が、何だかななお話ですいません。
   某忍者まんがのCPサイトさん巡りをした反動かもです。
   清純派、常識派の筆頭なIさんと、
   里の誉れにして、孤高のKさんが、
   甘く切なく、時にはドタバタと、
   難しい恋を繰り広げるのへ感化されたみたいです。

   「せやし、
    答えも出てた話やのに、
    何でわざわざ俺らへ聞かせようと思わはったんやろか。」

   「それはあれ違いますのん?」

   「何や、如月。」

   「兄さんらは惚気も聞いてくれはるて
    勘兵衛様の中でカテゴリ分けされてるとか。」

   「………。」×2

   「今、ええ迷惑やて思いなはった?」

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